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「東日本大震災」
被災された方々へ、心からお見舞い申し上げます。 OCMが手がけた家々、建物は大丈夫だと思いますが 少しずつお問い合わせをして、確認しております 建物よりも、けがや、ご家族の精神面を心配しております 逆に、建て主さんから「OCMは大丈夫でしたか……」とご心配いただいたり…… その一部を掲載させていただきます 「逗子の家」 神奈川県逗子市 ご無沙汰しております。お気遣いありがとうございます。みな無事です。家ももちろん大丈夫です。その後の余震でも、岩盤のせいか揺れも少し小さいように感じます。一方、私の会社の工場は被災を受け、完全に止まっています。新聞などの材料メーカーが供給停止でモノが入ってこず、生産できないというような記事がありますが、まさにそういう材料メーカーの立場にあります。自社以外の工場で、同じモノを作れるように段取り、取引先との交渉に追われています。ほんまにえらいことになりました。正直、日に日に状況が悪くなっていますが、元気だけは失わず、うちの会社のことだけでなく、日本復活のため、みんなで何とか乗り越えたいですね。家内からも、先月でしたか、大島さんに、また来てください、とお声掛けをした、と聞いていました。時々HPは見ていますが、浅草のほうに移られたのですね。ちょっとさらに遠くなってしまいましたが、本当にまた遊びに来てください。週末は逗子にいますので、いつでも。 「本八幡の家」 千葉県市川市 ご無沙汰しております。お気遣いいただきましてありがとうございました。家の方は飾り棚のものがいくつか落ちて割れていましたがその程度で済みました。よかったです。主人はライフラインに関わる仕事ですので泊まりも多くなり休日も出勤しておりますが元気です。地震のあった時、子どもと幼稚園の園庭にいましたので庭の真ん中にみんなで集まり小さくなっていました。お子さんの中には泣いている子も何人かいましたが、うちの子どもは地震に対して全く恐怖感がないようで今もフツーに過ごしています。私自身は16年前のトラウマはもうないと思っていましたが、長い揺れの中で言葉で表せないすごく嫌な感じを受け、子ども以上に大泣きしてしまい周りの先生やお母さんたちに、だいぶん引かれたと思います。今は少し気持ちも落ち着きました。すぐに始めたことは、もちろん節電や節水、不必要な買い物をしないことですが、これから大人になっていく子どもにも資源は大切に使うもの・・・と改めて教えなければと思いました。大きな不安もまだ解決されておりませんし、被災された方々は日に日に喪失感や不安感が増していく一方だと思うと心も痛みます。どうしていいのかもわからない自分にも無力感があり 青い空を見ても落ち込んでしまいます。1日1日を見守るだけです。大島さん、新しい事務所でますますご活躍されていると思いますが今後もお体には お気をつけてくださいね! この度はおはがき ありがとうございました。 「大井松田の家」神奈川県足柄上郡 (奥さん)ご連絡ありがとうございます。家族皆、元気です。地震発生時は、私と下の娘2人が家にいましたが、食器棚の戸が左右にスライドしたくらいで落下物もなく、もちろん家も無事でした!長女は学校で避難して、集団下校。夫は、緊急時配備で何時に帰宅できるかわからない状態になり、結局深夜になってから配備が解除されたものの、電車がストップしてしまったので、私が迎えに行き帰宅できました。今日は、計画停電に振り回されて朝からバタバタでした!明日はどうなることやら?まだまだ余震も続いています。大島さんもお身体にくれぐれも気をつけてお過ごしください。 (ご主人)さて、余震も一段落といったところでしょうか、我が家も数回程度、計画停電の餌食となっておりますが、実家では、親父が自家発電機(ディーゼル)をぶん回し、そこから、コードを這わせ、何故か、停電時間中も照明が確保できていたりしています。また、オール電化にもしていなかったので、ガスも生きていますし、水道に至っては、地下水を安心して飲んでいるといった状況です。私も、生まれてからそろそろ40年を迎えようとしていますが、幼い頃から、ずっと見慣れてきた幹線道路沿いの照明が、一瞬にして消灯することには、とても不思議な感覚を覚えます。そんな中、夜間の電力確保策が何かないかと考えたりもしています。田舎の強みでしょうか。何となく、自給自足的な感じでありまして、今度は大島さんに、風力発電の設計でもお願いしようかと(笑)取り急ぎ、メール確認の御報告と近況報告まで。 「久我山の家」 東京都杉並区 大変ごぶさたいたしております。お気遣いをありがとうございます。地震時は在宅いたしており、一番目がいったのがリビングガラス棚。揺れのおさまるのを待つあいだ、見守っていましたが何事もなく、家の中のものもなにひとつ破損いたしませんでした。もちろん家族全員怪我もなく無事でおります。昨日は備えておくべきものの買出しに行きましたが、いろいろと手に入りにくくなっているようですね。今日も食料品を求めて近所のスーパーへまいりましたが、入場制限をしており、欠品のものも多かったです。まだまだ不安な日々が続きそうですが、大島さんもお体にお気をつけて・・・またお目にかかれることを楽しみにしております。 「下総中山の家」千葉県市川市 「上野から市川まで5時間かかって家族が歩いて帰宅しました。ありがとうございます。無事帰ってこれて良かったです。」 「幡ヶ谷の家」 東京都渋谷区 「ご心配していただきありがとうございます。幸い家には問題が見られません。子供部屋の本が落ちたり、本棚から「はにわ」が落下はありましたが、家族に怪我はありませんでした。電車がストップしたので職場(北区)から途中、娘(高校)とともに徒歩で3時間かけて帰りました。明治通りや甲州街道を沢山の人が歩いている姿に驚きました。」 「蓮根の家」 東京都板橋区 「びくともせず。フィギュア数個だけ落ちただけ。家族皆無事。長男は深夜2時、学校行事デズニーランドより観光バスで帰宅。」 「鶴ヶ島の家」 埼玉県鶴ケ島市 (奥さん)「大丈夫です。ありがとうございます。かなり揺れて怖かったです。停電などはしていません。長男だけ外出していました。渋谷にいて、池袋まで3時間かけて歩いたようです。池袋の実家にいます。今夜は眠れそうにないです。オーシマさんも大丈夫なんですね。よかったぁ。」 「はい。懐中電灯やローソクは用意しました。ガスコンロ、そうですね、あります。用意しておきます。余震こわいです。ありがとうございます。」 (ご主人)「メールありがとうございました。震災時、私は休みだったのでリスニングルームにいました。今までに体験したどの地震よりも大きく長い揺れを感じ部屋の物が一斉に音を立て出した時にはとても驚きました。大島さんも御存じの様に部屋は数千枚のCD、LP、本が収納してありますが、震度5の揺れの中で何一つ落下させなかったその棚の姿は、まるで奇跡を見ている様な気分でした。木造と鉄筋コンクリートが並列して建つ我家の木造部分はかなり揺れた様ですが、防音構造から派生したブ厚いコンクリートの壁は耐震的にもかなり有効に作用した様で、お陰さまでギターもドラムも転倒すらせず事なきをえました。物が落下したのは後からいれた収納家具ばかりで、造り付けの収納を多く設計して頂いた事は、震災時の安全面でも大きな助けになった様に思えて感謝しております。それにしても被災地の状況を見ると、心が脱臼したように動きがフリーズしてしまいます。計画停電で夜10時までダウンジャケットを着て寒さを凌いだ事が、震災をよりリアルなものとして感じられました。 大震災の事実として記憶する事はもちろんですが、自分の体験、例えば森の様に暗い街並みや信号の消えた交差点を通り抜ける自分、ガソリンスタンドの長蛇の列にいる私、買い占められて空になった陳列棚が目立つマーケットで買い物をする姿は記憶に留めやすい様に思えます。まだこの先も、現在進行形で続いてゆくのが現実ですが、リアルな記憶として刻むにはそれなりの意志が必要だと感じています。計画停電は、地震の記憶を思い出す手段として、黙祷の意味を込めて将来的にも必要とされるように思えます。」 「国分寺の家」 東京都国分寺市 「ご無沙汰しております。国分寺の家はお陰様で何の支障もありません。土曜日に工務店さんからもお電話を頂きました。どうぞ大島さんもご無理をなさらずお気をつけてお過ごし下さい。取り急ぎお知らせまで。」 「鵠沼の家」 神奈川県藤沢市 「大丈夫です。そっちは?」 「東京旅館」 東京都台東区 「大島さん、ありがとうございます。無事とのことに安堵です。揺れましたねぇ!台東旅館は10トンの屋根瓦を下ろしたばかりでしたので何の被害もなく、もちろん東京旅館は無事です。あの直後の設計監理でしたからね(^^)一級建築士さんに感謝感謝です。三階にある小さな水槽の水は1リットルほど噴き出しましたが、サンウェーブ・キッチン吊戸棚に設置した地震ストッパーは大変役に立ったみたいです。 そうです、お客さんの何人かは泣いていますが、これが一生の心の傷にならないようケアが必要です。 新潟・長野にも派生?地震でしょうか。何とか持ちこたえているそうです。世界中からのお見舞いメイルにも励まされております。特に東北地方はツライですが、これからも死んだつもりで生きてゆこうと思います。ありがとうございます。」 「浅草の家(設計中)」台東区浅草 「昨日、OCM建物心配になり、安否確認に行きました。ベスパが無かったのでご無事と認識させていただきました。安心しました。予震の度に恐怖で震えています。マンション倒壊するかもしれません。」 OCMで設計した建物位置のマッピングです ![]()
新幹線に乗って、長野県は佐久市へ
![]() 本日のミッションは 概算見積りをとっていただいた工務店2社にあいさつ 地盤に高低差があるので、普通はやらない設計者による“仮の地縄張り” で、高低差の確認 建て主さんと打合せ と、新幹線がある時間まで、佐久のお酒を、とっぷりといただく…… 晴れてはいるが、終日、氷点下 よく“凍てつく大地”、そう、いてつく、といいます それは比喩だと思っていましたが 実際、土に杭を打ちますと、それが、打てません 本当に、凍っているのです たかだか東京から1時間なのに 身を以て、その、凍結を、感じること 16年のベテランにでも、それは、必要なことです あっ、そうそう 写真に写ってる建て主さんは、教え子です…… (ここが居間で、ここが中庭……)とブツブツ、独り言で確認しています 教え子のこと(3)とさせていただきます
長野県は松本の製材所から、地松の写真が送られてきました
![]() 左が梁、中右は柱として使用します 地松とは国産材の松のことで、建材としては概ね赤松をさします そう松茸の生える“奴”です 本来は“曲がった材が欲しいとき”に赤松を使いますが 今回は無理を言って“できるだけまっすぐな地松”を用意していただきました 丸太ではなく、両脇を平行に製材し(たいこ、という) 他の部分を手斧(チョウナ)がけにして、少々の野趣を残しています 建物は平屋です、つまり2階からの荷重がありません、瓦でもありません そんなときに米松より比重の重たい地松の梁が、家の中心で 軸組架構全体を引き締めるのではないか、と考えています
左官職人 古川氏と「浅草の家」茶室の、左官塗り土壁打合せです
![]() 「水捏ね、のりさし、のり土、切り返し、中塗り……」 どんな土壁にするか……まずはその用語を解説してもらいます のりの量、骨材の大きさ、土の種類、色味 乾いた時の土のやせ方などを決めねばなりません 学校でインテリアやケンチクを教えましたが 古川氏はいつのまにか左官職人になっていました (やっぱり京都で修行せねば……)と単身で赴き、経つこと数年 昨年帰ってきて、一人親方として独立しました 「浅草の家」で、存分にその腕をふるっていただきます
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☆無料家づくり相談 □OCMについて □住宅作品の雑誌掲載 □設計中の住宅 ・「浅草の家」 ・「聖蹟桜ヶ丘の家」 ・「佐久の家」 □WORKS ・「蓮根の家」 ・「鶴ヶ島の家」 ・「鶴ヶ島のスタジオ」 ・「国分寺の家」 ・「鵠沼海岸の家」 ・「逗子の家」 ・「久我山の家」 ・「本八幡の家」 [狭小住宅] ・「小岩の家」 ・「幡ヶ谷の家」 [MINKA/民家] ・「大井松田の家」 ・「下総中山の家」 ・「上尾の家」 [数寄屋/茶室/旅館] ・「双徽第」 ・「含翠盧」 ・「東京旅館」 □project ・「六日町の古民家」 ・「竜野ゲストハウス」 ・「赤羽の客殿」 ・「北野台の家」 ・「永代の家」 □雑誌への執筆 □展覧会/講演会 □動画でみるOCM □地鎮祭って? □上棟式って? □地図やデザイン ・深川モダンマップ □新K2日記 ・浅草橋OCM ・浅草橋 ・佐渡島 □東日本大震災 □建築ツウ □図書室 ♪bar 以前の記事
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